島田直明の想い - そこに生命がある限り -

| 1.必ずそこには“動物”がいる。 | 2.動物のスペシャリストが選択した、移動動動物園という生き方。 |
| 3.ふれあいの本質をじかに感じるために。 | 4.要求される実力。生命をあずかる、ということ。 |
| 5.プロフェッショナルの作り上げる、移動動動物園というシゴト。 | 6.教育現場との連係を目指して。 |
| 7.動物のことなら島田に聞け! | 8.動物とともに生き続けることへ、体当たりを続けて。 |


島田直明”という名前とこの特徴ある顔、どこかで見たことがある・・・と思われる方も多いかもしれない。TVや雑誌でこの顔を見かける時には、必ずそこには“動物”がいる。
ミニブタと戯れ、ウサギの扱い方を子供に教え、華麗に猛禽を飛翔させ、助手席にイヌを乗せてトラックを運転し、サイに催眠術をかける。
リスザルを胸に豊富な動物達の知識を惜しみなく披露し、ポニーの頭を撫でながら生命について熱く語る。
「移動動物園ZOOKISS園長」が島田の肩書である。


島田と動物の出会いは、幼少時に遡る。多くの子供達が夢中になった「シートン動物記」。野生動物のTV番組に釘付けになり、ぼろぼろになるまで見返した動物図鑑・・・。動物の美しさ、生命の力強さ、たとえようもない包容力に惹かれたまま少年は成長し、やがて当然のように動物園へ勤務。
埼玉県/東武動物公園・飼育係としての18年の経験をもとに、2000年、「移動動物園ZOOKISS・島田動物舎」を立ち上げ、数え切れない程の種類・数の動物達とともに生きることを選択する。




国内・海外を問わず野生動物を観察し、あらゆる資料を網羅、習性・生態・雑学等膨大な知識と実践する技術を得て、動物のスペシャリストと呼ばれるようになった。
しかし、どんなに文献を読みふけっても、「ふれあう」事でしか学べないモノがある。言葉を持たない動物達と、ふれあうことによって語り合うことが出来る。それを多くの人々に伝えたい。“動物見る”のではなく、“動物ふれあう”ことに何よりもこだわりたいと考えた。

一般の人々が動物園へ足を運ぶのは人生において数える程しかない、というのが現状である。その数える程の機会をケージに囲まれた動物達をただ「見る」ために費やしている・・・。家庭内でペットを飼うにも、現代ではその条件は厳しい。野生動物を見かける機会も当然のように減少を続けている。それを補うかのようにテレビでは動物番組が放映され、そこに“癒し”を求める人々も少なくはない。しかし、そこには決定的に「リアル」とふれあう機会が欠けている。
「本物」しか持ち得ない何かを伝えるためにはどうすればよいのか。試行錯誤を重ねて出した結論は・・・、
『ならば、動物達が出かけていけばよい。』街へ、幼稚園へ、イベント会場へ、公園へ・・・。島田の動物と人間への思いは、「動物園」という枠から飛び出し、動物達を外に連れ出す形となって体現された。

現在「移動動物園ZOOKISS園長・島田直明」は、動物達とエデュケータースタッフを引き連れて、全国をパワフルに飛び回り、ブラウン管の中の四角い自然を映した画像ではなく、本物の生き物達とふれあうこと、見つめてみること、彼らを触ってみることでしか感じることができないモノを提供し続ける。



アニマル・ヒーリング、アニマル・セラピーという言葉が定着して久しい。イルカと共に泳ぐことで、自閉症や知的障害が改善したり、治癒したという話も耳にする。また、老人ホームや知的障害者などの施設において、犬などの動物を飼ったり連れて行ったりして一緒に過ごすことにより、心身ともに健全になっていくという。現在では逆に、人間と暮らす中でさまざまなストレスを抱え込んだ動物達を癒すといった意味でもこの言葉が使われている。
いずれの場合でも、そこにあるのは“ふれあい”“ぬくもり”である。その本質に何があるのか、それは言葉にするのは難しい。やはり、動物とふれあうことにより、身体で、心で実感するほかに理解することはできない。

島田は、多くの人々に、とりわけ「これから」を生き、未来を担う子供達にこそ、「リアル」と、「本物」を知ってほしいと考える。ヒトとヒトとの関係や、生命の重さが希薄となっている現代において、動物とのふれあいの中で、生命やぬくもり、自分も動物であるということを、身体で感じてほしい。またその経験をヒトとヒトとの関わりあいに活かし、癒されるということ、受け入れられるということを考えるためのきっかけを作る場として、移動動物園を届けている。




ZOOKISSの動物達は、その数は勿論のこと、種類も非常に多岐にわたる。「ふれあい動物園」と聞くとまず頭に浮かぶ犬やネコ、ハムスター、羊、ヤギは勿論のこと、スキニーギニアピッグ、ピグミージェルボアなどの耳慣れない動物、珍獣といわれるアルマジロ、大型動物のポニーやワラビー、爬虫類のニシキヘビやリクガメ・・・枚挙に暇がないほどである。

これらの多岐にわたる動物達の飼育と調教を「間違いなく」行い続けるというのは想像を絶する程の時間と知識と技術を必要とする。当然、全ての動物たちの生命という重責が、島田の肩にかかることになり、重大な失敗は確実に生命を失うことに結びつく。そこに「やり直し」はきかない。一瞬一瞬の判断が、まさに命がけの真剣勝負となる。


知識と技術を高める努力に休息はない。部屋を埋め尽くすほどの動物に関する各種文献を熟読し、日本中の動物園を巡り幅広いネットワークを作る。海外の動物園・水族館に赴いて飼育技術を学び、野生動物の観察のためにアフリカ・ブラジル・タイ・アメリカへも足を伸ばす。精力的に活動を続ける仲間達と「飼育技術学会」を立ち上げ、全国の飼育係の集会に参加もする・・・。パワフルに、バイタリティ溢れる活動から得た知識と技術の全てを、動物達へと全力で注いでいる。



数千、数万の生命を抱えて走り続ける移動動物園・ZOOKISS。その活動目的は「動物と人とのふれあい」である。実際にふれあうその時に、いかにして安心で、心地よく、楽しいふれあいの場を提供できるか、常に命題として考え、その解決に心血を注ぐ。

人の心地よさは、動物たちの心地よさと同じ位置にあると考える。動物達が心地よいよう、安心できるよう、あたりまえにブラッシングをする。あたりまえに躾をし、しっかりと世話をする。瞳を見つめて語りかけ、機嫌の悪い所はないか?具合が悪そうにはしていないか?食欲はどうか?動物たちの心をできる限りくみとれるように。動物たちの言葉をできる限り聞き漏らさぬように・・・。

するとそこには、人が安心してふれあうことのできる動物が存在することになる。

汚れたり、ストレスを抱えたりしていないZOOKISSの動物達は、島田を、ZOOKISSのエデュケーションスタッフを信頼している。そしてその信頼は、移動動物園を訪れる多くの人々にもあまねく同じようにもたらされる。手入れの行き届いた、清潔で手触りのいい動物達。安心して抱きつける大きな犬。ウールになると言われて、なるほどと納得できるフワフワの羊毛。恐る恐る触っていた子供が、やがて満面の笑顔を浮かべてしっかりと、優しく動物を抱き締める。その幾千もの笑顔が、ZOOKISSのスタッフへの何よりの褒美となる。

また、ZOOKISSでは国内・海外における様々なショービジネスの世界を、積極的に飛び回って学んだ経験をもとに、豊富なイベントプラン・ショープランを立ち上げ、ミニブタのアジリティショーや、猛禽類のフライトショーなど、滅多に目にすることのない動物達の姿を見せることも実現している。豊富なプランを持つことにより、幅広いロケーションや要望にフレキシブルに対応することが可能となっている。



「そこに動物がいない」のが日常であり、「動物がいる」ことが非日常となっている現代。島田は、人と動物とのかかわりにおいて、圧倒的に機会が欠落していると考える。そこに動物がいれば常識として得られるはずの知識も、わざわざ文献をひもといて調べなければならない。さらに、間違った飼育方法があたりまえに横行していることに頭を悩ませてもいる。
「ウサギに水をやってはいけない」という間違った知識をもとに、小学校の校庭にいるウサギたちが次々に死んでゆく。広い砂漠で一匹で暮らすハムスターが多頭で教室のケージに詰め込まれる・・・。

まずは現場の先生方に、また、これから先生となる学生達に、正しい知識を持ってほしい。動物の飼育に重荷を感じず、何よりも教師自身がより楽しく動物とつきあうために。そして得た正しい知識と生命の大切さを子供達に伝えてほしいと考え、教育現場や大学教育学部での講演を開始した。

移動動物園の活動ももちろんのこと、こうした講演からも、数々の教育現場、中学校・小学校・幼稚園に直に接する機会を増やす努力を続けている。
現在では教育現場との連係を目指し、自由なカリキュラムの一環としての「子供たちの夢の移動動物園づくり」も熱心に提案を続けている。



教育現場での飼育の悩み、野生動物との付きあい方、カラスに荒らされるゴミや、農家の作物を食べに来る熊、カルガモの引っ越し、家出したネコ、犬のしつけ・・・。動物と自然の中で直接出会う機会が激減した現代だからこそ、生活における動物に関する悩みや不安はよりいっそう増えている。

そういった悩みや不安・わからない点は気軽に聞いてほしい。そのためのプロフェッショナルであり、スペシャリストである。風聞や憶測ではなく、正しい知識と身体で得た経験をもとにした、プロの言葉を伝えたい。
また、多数の質問や相談を受けることにより、人と動物の「現代におけるスタンス」が明確になり、自身の勉強にもなると考える。

地球における動物の一員としての人間。人間と動物とのかかわりあいは、人間同士のかかわりあいに共通する部分が多くある。動物のことを知ることにより、自分自身をもう一度見つめるきっかけになることを願ってやまない。



アフリカで出会った野生のヒヒの在り方を憂う。ピグミージェルボアの繁殖に成功する。美しいゴリラの姿に見とれ、シロサイの優しさに心を打たれる。チョウゲンボウの爪を手入れし、足元に眠るミニブタを優しく見つめるのと同じ視線で、この国の人々を思う。心を病んだ子供達、人生の残り時間をゆったりと過ごすお年寄り、足りない何かを探し続ける企業戦士・・・。

“癒し”は一方的に与えたり、与えられたりするものではない。人々が癒される時、動物も同時に癒されている。ふれあいの瞬間、お互いの間にある柔らかく、暖かい心と身体、その温度が“癒し”を生み出すのだと考える。
動物を癒し続けて、動物に癒され続ける。その時間は決して優しいばかりではない。しかし、一瞬の油断も許されない命がけの真剣勝負を続けるからこそ、そこに“やりがい”を見い出すことができる。

誇らし気にポニーの背に乗る子供。犬を膝に、老人ホームのお年寄りの瞳に浮かんだ涙。子供たちが「今日はじめて犬に触れたんだよ!」と嬉しそうに報告をする。トカゲをおっかなびっくりに抱く子供を暖かいまなざしで見つめる父親。いつのまにか自分が夢中になって、ウサギを抱いているお母さん・・・。

動物達が教えてくれるもの。与えてくれるもの。動物達に教えられること、与えられること。

広大なファームで、動物達とともに、心を病んだ子供、障害のある子供達との生活が出来る空間を作りたい。今も、そしてこれからも、人と動物とのより一層深く、より一層強いかかわり方を体当たりで模索し続ける。

そこに生命がある限り。



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